三人のCEOの謎

創業者の頑張りから全てが始まった

道を歩いていると、向こうから急ぎ足でやってくる男性が見えます。

会社の作業服上下を着て、その胸にはCEO(最高経営責任者)と書かれた

名札を付けています。

すれ違う前に、「あなたのお仕事は何ですか」と質問しました。

「私の仕事は会社を成長させることです」と言いながら、汗を拭きふき足早に

去ってゆきます。

しばらく歩いていると、今度は地味な色のスーツとネクタイを身に着け、髪を

キッチリ七三に分けたメガネの紳士が向こうからまっすぐ歩いてきます。

胸にはCEOという名札がつけられています。

思わず、「あなたのお仕事は何ですか」と尋ねました。

すると、「私の仕事はコスト管理です」といってすれ違ってゆきます。

後姿を見ると、彼の両脇には同じような服装と雰囲気の紳士が2-3人一緒に歩い

ています。

そして誰も経営者はいなくなった

さらにその道を歩き続けていると、ワイワイと話しをしながら数人が歩いて

きます。

そのグループの真ん中に、やはり、CEOの名札を付けた男性がいます。

ブランドスーツに派手なネクタイを締めた、いかにもリッチマンといった様子

です。周囲のお仲間も似たような服装です。

そこで、あなたの仕事は何ですかとお聞きしました。

すると、「私の仕事は会社の売買です」と説明してくれました。

この寓話が物語っていることの一つは、経営者といってもその主たる任務は

一つではないということ。

経営者の役割は少なくとも、3つありそうだということです。

企業成長

コスト管理

企業売買(M&A)

しかし、この話の本質的な部分は、会社には時代性があり、その時代の要求に

よってCEOの仕事も変わってゆくということです。

会社の時代性というのは、時代ごとに会社が置かれた状況が変化してゆくとい

うことです。

経営者が四苦八苦して企業成長に全力を挙げる段階というのは、事業の第1期

です。創業期です。

事業規模の拡大を目指すのは、創業者の情熱でもあります。

自宅や土地までも担保に入れて、借金して起業したからには、会社の成長は

最優先課題です。失敗はできません。

多くの起業家と創業メンバーは同じ会社のジャンパーを着て、深夜まで仕事を

して、来る日も来る日も“売る”ことに専念します。

その中心は、いうまでもなく創業者です。

次に、会社がある程度の規模に達し、従業員が増え、会社組織というものが

できる段階になります。

企業によっては創業者二世の段階といってもよいでしょう。

これが事業の第2期です。

創業者中心の時代に自社製品やサービスを売りまくりました。

その結果、事業を支える基盤市場がすでに出来上がっています。

多くの会社は、ここで第2段階に入ります。

この時期になると経営者はコストを中心に業務の“管理”を強調し始めます。

不思議なことです。

その典型がコストカットやリストラです。

自社市場の可能性と将来性には関心がないようで、内向きの管理型経営に

旋回してゆきます。

事業の第2期はコスト管理の段階といえるでしょう。

その主役は2代目経営者か、サラリーマン経営者です。

会社や株を売り買いする段階とは

大企業が、社外の事業会社や自社の子会社を丸ごと売買することは、今や

珍しくない時代になりました。

これは、事業の第3期といえるでしょう。

確かに、新市場に参入するにあたり、組織を丸ごと買えば、取引先だけで

なく社員募集や人材育成をする時間も節約できます。

この発想は正統派で戦略的です。

しかし現実には、企業価値のアップのためにあの手この手で株価を上げよう

とする事例のほうが多いのです。

不採算事業を売却し、反対に有望企業を買収するのはその一例です。

子会社を売ったり買ったりすることです。

子会社やその株式の“切り売り”になると、経営というものは全く異質の仕事

になってゆきます。

多分、会社の将来展望は見えてきません。

業界ごとの市場に対する可能性や、企業の長期的な戦略はほとんど議論され

ません。

毎年の株価上昇や株主価値の向上のための財務の専門家が、経営の主導権を

握るからです。

ファンドマネージャーが大企業のCEOになる

第3期は、企業価値の最大化が取締役会での大きな議題になります。

その結果、この時期に求められる経営者の多くは金融業出身者です。

銀行、証券、ヘッジファンドなどの大手機関投資家出身のCEOです。

第3期のCEOの典型は、ファンドマネージャーだからです。

この段階になると、創業期の本業が何だったのか想像できないような変貌を

遂げる企業もあります。

株主価値の最大化を求めた結果、何をやっている会社なのか一言では説明し

にくい段階です。

商品開発、マーケティング、営業力強化、社員教育など、企業の主力業務は

ほとんど語られません。

会社は“売り買い”する対象でしかないからです。

成長期、成熟期、衰退期という時代区分は正しいか

ここで、簡単にまとめに入ります。

第1期は会社の成長期、第2期は成熟期、第3期は衰退期と呼ばれることも

あります。

しかし、この整理の仕方には問題があります。

第1期から第3期への変遷は、必然ではないからです。

3つの段階での変化は、どんな事業にとっても定められた運命ではありません。

この流れは、避けられない定番コースではないのです。

現実には、由緒ある大企業で、今でも本業で成長を続けている会社もあり

ます。

確かに、成長、成熟、衰退というサイクルは、歴史的に見ると多くの企業

(特に大企業)がたどった道です。

しかし、そのサイクルに落ち込んだのは、当時の経営者が必ずしもベストな

選択ができなかったと見ることもできるからです。

創業から数代後の、凡庸なサラリーマン経営者がその会社を危機に落とし

込んだといわれる事例もあります。

詳細は後に譲りますが、第1期から第3期への変遷は当事者企業の選択なの

です。

本来のCEOの任務は、第1期と同じです。

常に成長を模索する。

これが経営者の最も重要な仕事なのです。